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2007年6月

かもいつは

きのうも、暑い日だった。
午後から、にわか雨なんかがあるのも、すっかり夏らしく。
雨があがるのをまって、職場をちょろりとのぞく。

夕方からは、おともだちと成田家ごはん。
ええ、岡山市のひとびとなら、おそらくだれもが一度はお世話になるであろう、成田家です。

店舗はちがうけれど、中島らものせんべろ探偵がいく、の本にもでたことがある、千円でべろべろになれますよ、というステキスタイルのお店。
さすがに、この日は千円ではおわりませんでしたが。
おともだちご夫婦にごちそうになってしまいました。感謝ー。

いしもちのからあげ、かつおやあじのたたき、くじら刺し、みんちしそ揚げなど、もりもりとたいらげていく。
みんち、という表記がすでになつかしい。

もちろん、定番の鳥酢やゆどうふも。
フライドポテト、なんていうのも、それこそひさしぶりにたべた。
ファーストフードのはあんまりたべることないし。
ここのポテトは、なつかしい、いものざく切り素揚げだった。
きちんと、おいしいお料理のひとつ。

グラスに、カモイツハ、とカタカナでかかれているのもかわいらしく。

こんなわたしには、玄米菜食ストイックごはんは、なかなかできんのだった。これらも、すきですけどねー・・・。

そのあと、いつものようにハシゴして、そのうちまたいきたいね、という自転車旅の話をする。
あそこいこう、あれたべよう、それをめいめい挙げていくだけなのですが。
やまももとさくらんぼをいただきながら、夜はつるつるふけていく。

かつおにのっかっていたのを、たまねぎ・ねぎごともりもりたべてしまったおかげで、いまのわたしはとってもにんにくくさい。
周囲の人々、お気の毒~。

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きがとおく

きのうは、あまりのあつさに気が遠くなりそうだった。

午後から、職場をちょろりとのぞく。
職場のOTさんと患者さんたちが、短冊に願いごとを書いたものや、折り紙でつくったかざりものを、笹にむすびつけていた。
もう、そんな季節か。
エアコンの風で、笹の葉がさらさらゆれて、みためには涼しげ。

帰りにはそのままお茶のお稽古へ。
お菓子は、以前登場したみどりいろのもろもろしたものに、今回は星や短冊を模したものたちがのっかっている。
ねがいの糸、というのだそうな。

やはりなんにも所作は身についておらず。先週の記憶もまったく残っていない。毎回のことだけれど。
毎週、おなじところで、注意を受ける。
まちがいぐせがついているのだなあ、とひとごとのように考える。

お茶碗が、とちゅうから「夏茶碗」というのにかわった。
どのへんが夏なのか、よくわからないけれど。
季節のそれぞれをたのしめる地域で、ありがたいこと。

そのかえりに、やっこをつまみに、白いワインをいただく。
つめたい豆腐のうえに、干しえびやらじゃこやらねぎやら、香ばしくいためたものが、のっかっているのだった。

まったくねえ。
夏ですね。

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うめたてる

きょうは埋め立てごみの日。
月に一度しかないので、そしてしょっちゅうわすれてしまっているので、きづいたらあらあらという量になってしまう。
気張って、早起きしてみる。

なんでも、地域によっては埋め立てごみ、とはいわないそうですね。なにそれ?っていわれたりする。

きょうは、折れた傘などをやっとやっと、すてることができました。
むかしは、こういうのも、修繕してずっとつかいこんでいったものだろうがなー・・・。

抗がん剤をつかうと、色素沈着がおこりやすいときいて、去年日傘を買ったのだが、つかいなれないものでほとんど登板しなかった。
ことしこそは、とおもってひっぱりだしてみたら、その日のうちに折ってしまった。
こんなやつのところに買われてきて、ふびんなヤツだった・・・。

きのうの猛暑がうそのようにおもえるほど、朝の空気はさわやかだ。

それなのにというかやはりというか、日中は気温がぐんぐん上昇。
ローカル番組のお天気コーナーによると、ことしから気温が35度をこえたら、猛暑日と言うことにしたらしいですね。
ほとんど体温やんかぁ、とちからなくテレビと会話していたりして、ちょっとじぶんでもどうかと。

そういえば、きょうはだれとも話をしていない。きゃー。
非常にまずいです。
規則ただしい生活と、せめて一日一回の外出、それくらいはキープしていたかったのだがー。
ぐうたらなので、あっというまにこんなことになってしまう。

いわゆる患部?なところが、ちりちりとかるく痛む。
気のせいかもしれないけれど。
関節もあいかわらずだ。階段ののぼりおりの姿勢が、まったくおばあさんちっくだ。
あー、はやいところざっくりいって、らくになりたいような。
そうせんことには先にすすまんし。

こんなに暑い日は、薬味たっぷりのつめたいうどんや、冷やしておいた煮野菜がしあわせ。
暑い日だけど、熱いお茶も、なんでだかしあわせ。

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なつごはん

朝のどしゃぶりのあと、気温がどんどん上がり、きょうはきのうにも増して、蒸し暑い。

お昼ごはんによばれ、女子三人でおいしい和食をいただいた。
この蒸し暑さは、ビールだね!まったくねえ。

きのうのきょうでもあり、弁論大会か、っちゅうくらいに語ってしまった。
まあそれで、だいたい解決。

すじかつおをからし+しょうゆで、ぜんまい煮、たまねぎとあげとかぼちゃ煮、じゅんさい、おいしいお漬物、ごはん、かわったズッキーニのはいったお味噌汁、そしてメロンシャーベット。
おいしいとうふようも、ちょっと味見させてもらった。
お昼から、こんな健康豪勢ごはんでいいのかしら。
ほんのり酔って、お店をでる。

ストレスマネジメントに、みなさんが全面的に協力してくださっているのが、ありがたいありがたい。

かえりみち、ふらりと魚屋さんにより、まなこのうつくしさにひとめぼれしたいわしを買って帰った。
暑いので、いつものよりちょっと酢を多めにして炊く。
一瞬お昼寝し、そのあと、着付けのお稽古へむかう。

いってみると、なんでも教室そのもの、事業そのものがちかぢか競売にかけられるらしく、今年度以降の予定はたたない、という話になっていた。
あらまあ。たいへんじゃないですか。

かえってきてから、夏野菜を蒸し煮にし、塩をふって、いわしにそえてたべる。
野菜も、いわしも、夏の味になっている。日々はめぐる。

毎日が、すこやかにすぎていくことのしあわせ。

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さようなら

きょうは朝から病院で検査。
4ヶ月ぶりのMRI。
これって、じーっとしているのが苦痛なひとには、きびしいのかも。
赤ちゃんなんかは眠らせて行うらしいし。(赤ちゃんやこどもさんで検査を受けている、という状況が、せつないのだけれど)

ごーんごーんとおおきな音がひびくなか、ひたすら空腹に耐えているうちに、検査はおわる。
検査より、造影剤より、絶食のせいでうなっているなんて、じぶんの軟弱さ加減がなげかわしい。

さて、きょうはきょうで、いままでだいじょうぶだよーといわれていた大阪のクリニックとの術後の連携が、いまの病院でできない旨を、つげられる。
あら。ドチテ?
まえは、だいじょうぶっぽいことを言ってもらってたのに。

手術だけよそでして、それ以外の注射などをいままでどおりにしてもらいたい、というのは、やっぱりむしがよすぎたか。
ドクターのきもちもわからんでもない。

よそで手術してきたひとを、そのあと診ることは、なるべくどんなひとでもうけいれてるけれど、これからよそで手術してきます、というならそちらでフォローしてもらったほうがいいよ、ということになった。
検査結果や情報提供書はごっそりもらってかえる。

ということで、あっさりと11ヶ月通った病院と縁がきれることになりました。

二転三転はいまさらなので、もはや新鮮なおどろきはなく、あらまあ(またまた)めんどうなことになったなあ、くらいなものですが。

これからまた迷走するのかなあ・・・?

もう、よかろうがわるかろうが、寿命というヤツをおしえてほしい。
10年後なのか、50年後なのか。
そしたら、その期間、どういうボディのかたちでそれぞれどれだけのあいだすごすのか、どんな方式で治療していくのか(再発予防か、原発をがっつり消すのか、副作用回避なのか、痛み回避なのか)、考えるよすがになるんだけどねえ。

検査のあと、ドトールでミラノサンド(アボカドソース)をたべる。
うすみどりっぽい色だけれど、あんまりアボカド味ではなかった。

ちかくでお稲荷さんをたべている高齢の女性がいて、お稲荷さんがおいしそうだった。
じっとみていたわけではないけれど、席をゆずったせいなのか、おやつをわけてくれそうになる。(きもちだけいただく)
タッパーウェアにあめやチョコレートをいれてもちあるいているのが、なんだか精神的にすこやかなかんじがする。
その人の娘さんだとおもっていた女性は、たんなる近所の人で、高齢の方のほうが足腰が悪いので、日をあわせて病院にいっしょにきている、とのことだった。そういう姿勢も、すこやかな生き方のようかんじられてしかたがない。

きょうは一日あつくて、どんな姿勢をしてみても汗が流れました。

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あうとどあ

070623_174416 きのうの土曜日は、ゆうがたから、年下美人女子とお外でピクニックぽくのみました。
まちなかから、そんなに離れていない、おなじみの公園のベンチで。
気さくにゆるりとはじまる。

お外ごはんはきもちがいい。
おいしいものをみつけてくる才能にも、めぐまれているひとだった。

よいきげんになってしまい、そのまま河岸をかえてのみつづけてしまう。
そして、簡単に予想されることだが、どろよっぱらいに。
痛飲。

さらりとのんで、さらりときげんよくきりあげる、そんなふうになりたいものだ。
と、いいつづけてはや幾年。
あきらめがわるいんかもしれん。

お酒にのまれた感がある、そんな週末。

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はれのくに

きょうは午後から職場をのぞく。

雨がやんだすきに、ふらっとでむき、このまま降らないかなーと(岡山だから)にらんでいたが、あまかった。
帰りは、職場の若者女子に送ってもらう。
岡山晴れの国パワーも、梅雨前線と拮抗中。

ちかごろ、めびうすくんが虚弱だ。
暑いからなのだろうか。
とつぜん、うんともすんとも言わなくなり、しゅん、と眠ってしまう。
あっというまに電源が落ちる。
つれない。
まってえええ、と声をかけてもまってはくれない。

その直前は、たいがい、本体まるごとが熱くなっているのだった。
やきとりでもやけるんじゃないだろうか、とか。
冬ならこれで、暖房に、とか。
ぐずぐずとかんがえる。
いまも、内心ひやひやしている。

さて。
きょうも家族と電話。
だらだらと話をする。

内容は病院バナシであることにはかわりがないのだけど。
こういうのをくりかえしながら、歩み寄りができたらいいなとおもっています。

たぶん、なにかきっかけがあって、うじゃうじゃ言うことがでてきて、あーだこーだいって、またべつのきっかけがでてきて・・・そういうのをくりかえしていくのでしょうねえ。
こういう期待そのものが、だいたい甘えなのだし。

連続する関係というものは、ありがたいものだ。

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つたわらず

きょうも暑い。
朝、ごみをだしにいったとき、すでに暑さをかんじた。
手紙を出しにさんぽがてら郵便局まで歩く。
あついあついあつい・・・。

朝のうちは、あいかわらずののぼせだったみたいだけれど、お昼過ぎくらいからは、たんなる暑さ負け、といったようす。ひ弱。
やる気のもんだいか?

午後から職場に顔をだし、夕方になると、その足でそのままお茶のお稽古へむかう。

はじめて、先生の洋服姿をみる。新鮮にうつる。

きょうのお菓子は、桃色の、花をかたどったもの。
なんの花だろう、つばきっぽい、でも季節がぜんぜんちがうし。
と見当違いのことをおもっていたら、なでしこ、なんだそうな。
じぶんの所作は、進歩なく、ぐずぐずのままだった。

手術について大阪のドクターにメールで質問していたが(しつこいでしょう。そういう性格なんです)それの返事がきている。
それをよんでかるくしょんぼりし(そんなつもりじゃなかったのに)、でもあっさりと気をとりなおす(メールでのやりとりではよくあることだ)。

家族と手術についての電話をするが、やはりすれちがいがおおく、ふたたびしょんぼりし、ふたたび気をとりなおす。

お金儲けの病院じゃないの、とか、どうせまた結局手術ってことになるんじゃないの、とか。

そうかもしれないし、そうでないかもしれないしー。

それらはおりこみずみで、なおかつ、重ねて手術はじぶんでもかんがえたくないことなんだけれど(だってやっぱり広がっているってことだからね)、そのへんは言ってもしょうがない。

おもえば、これまでの治療過程も、決断のそれぞれも、すこしはわたしの口から説明はしたが、治療過程のすべてを共有してきたわけではない。
たいがい、ひとりで決めさせてもらった。
ドクターから直接説明を聞く機会も、彼女らには去年の夏くらいしかなかった。
彼女らに、おもうところがあって当然だ。

とくに、最近になっていろいろどんでん返したし。じぶんのフォロー不足によるものだ。
身内だったら、あやしいところは全部きっとけ、とやはりおもうものなのだろう。(でも他人なら言わないよねえ。)

どんでん返したその過程だけでも、そのやりとりについても、せめてうまく伝えられていたらよかったのだが。
現場にいてない人々にどれだけ伝わるかとおもうと、まあいいや、とあっさりあきらめる。

きっと、病気が題材になっていてもいなくても、コミュニケーションてばむずかしいのね、医療者相手だけでなく、身内相手も(身内だからこそ)。

というのが、きょうの結論てとこだ。もっともらしく、まとめてみた。

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あかいかお

きょうも暑い一日でした。

午後から職場に顔を出す。
頭が暑い。

職場でも、汗がとまらないー。この汗を、なにかに活用できないものだろうか。発電とか。さめうらダムへとか。

かえりは、運動不足の解消にちょっとくらいは、やくだつといいなと思い、すこし遠回りして歩く。
腹肉メタボをどうにかしたいもんだ。
夕方になって、すこし涼しくなってきて、たすかった。

とちゅうで、顔の真ん中が血まみれなこどもにであい、たまげる。
幼稚園にもいっていないような、そんな年代だとおもう。
鼻血であるようだが、それにしては量がおおいのではないか。顔中が、もう目のあたりまでもが、赤いのだ。
これがふつうなのか?ぼとぼとと血が落ちる。
保護者は?

顔をゆがめていたので、話しかけると、わあわあ泣いてしまった。
こどもの扱いには不慣れなので、そのあとどうしていいかわからず、すこしのあいだ、固まる。
ちかくのうち?おかあさんとかおとうさんは?と聞いてみるけれど、もちろん答えられるわけもなく。

手を引いてしばらくあるき、ATMのあるあたりで、この子のおかあさんではありませんかーと(まぬけな質問だなあ)きいていくと、やっと保護者がみつかる。
まいごになって、ころびでもしたのか。じぶんで鼻をいじったのか。その経過はさっぱりわからない。

このご時世、一瞬でいろいろかんがえてしまった。
車どおりの多い道に面したところだったし、ちゃんと手をつないでつれていってもらって、よかった。・・・のだとおもいたい。

そういう年代のこどもさんがいると、きっとちょっと銀行にいったりも、たいへんなのだろうな、と想像する。

あんまり色鮮やかな赤をみたので、きもちが動揺したようだ。
気を静めようと、あさりを買ってかえる。

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あつくって

きょうは朝からホットフラッシュの嵐。

ふつーにしていても汗がだーっとふきでたり、寒気がするほどあっというまにあせがひいたり。
しばしばあることなんで、しょうがないかなーとはおもうんだけど、たとえば、ふつうに外出のしたくをするのも、きびしいなとおもってしまう。

(汗まみれで、まゆげもかけないし。かつらも、厚着なかんじで、いらんなーとかおもってしまったりして。)

ああっ、おなじ治療をしているかたからは、甘えるなッ!!とつぶてがとんできそーな。
たえがたいわけではないんだけど、じぶんの体をもてあます、そんな一日でした。
あまえてるー。

夕方くらいになると、だんだんおちついてくる。
近所の魚屋さんでいわしを買ってきて、ねぎやしょうがと炊いた。
いわし、つるっ、ぬるっとして、ちょっと炊くだけで、かわがほろほろとやぶれる。
いいやつ。かみしめる。

きょうは世間でも暑かったらしい。
ということは、のぼせではなくて、たんなる夏ばてだったのか。
なぞ。

お魚屋さんにいくとちゅうの、くちなしの花がとてもかぐわしかった。

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ひるびーる

きのうの日曜日は、おともだちのおうちの屋上でビアガーデンでした。総勢20人ほど。
ここんちは、ビールサーバーまであるんですよね、すばらしい。

料理はもちより。
食いしん坊なひとびとばかりなので、それぞれがとってもおいしいんだな。
とちゅうで野点も。

まえの日に炊いておいたカポナータと、蒸したなすのサラダをもっていく。夏野菜を、からだがもとめる。

ずーっとたべつづけていたのだけど、おなかがいっぱいになることがなかった。
よりどりみどりなので、飽きないのだ。

このごろ、満腹中枢がこわれているんじゃないかとおもうことが、よくある。

おうちでさいていたというゆりの花もいただきました。
いつも、気にかけてくれて、うれしいかぎり。

女子ばなしで喝もいれられて、刺激をうける。

あー、わたしも屋上がほしい。



そこでやめておけばよいのに、そのあとはしごしてしまった。
あいかわらずへろへろだ。
ここのところのこのザマはなんだろう。

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すといっく

きょうは夏日。
梅雨はこないことになったの?どこへいってしまったの?
あじさいも、日を浴びてまぶしそう。

あつくって、げんなりしている。
いまからこんなことでは、本格的な夏が、思いやられるなあ。

シンプルな夏野菜ものが食べたくなって、なすやトマトやズッキーニなどを買い込んでくる。
みょうがやしそなどの香味野菜も。
からだが夏ににあう食物をもとめているのだなあ。
正直なやつら(各器官)だ。

一日、なにかしら食べ続けていた。
お酒がすすんだつぎの日は、よくこうしてすごしてしまう。

さいごに、いただきもののバナナ(きのう参照)をもそもそとたべる。
ええ、添い寝をしてくれたバナナです。
バナナって、郷愁をさそうたべもの。遠足をおもいだす。

しずかな土曜日。

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へろへろで

きょうは、病院のあと、職場に。その後、しっかり飲んだ。ぺろんぺろん。

病院では、形成のドクターと手術凍結の話。
また、大阪で受けることになっている手術について、いろいろとリスクがあることを説明される。形成の写真もいくつかみせてもらう。
うーん、ふたたび考えたほうがいいのか。

病院にむかうとき、ぼーっと考えごとをしていて、ふと気づくと電車を乗り過ごし、倉敷までいってしまった。あわてて反対方向の電車に乗って、もどってくる。

自動改札のまえで、おねえさんこれどうしたらでられるん、と声をかけられる。年配のかたには、こういうのはきびしいのかもしれないねえ。

どちらまで、と聞くと、おなじ病院までだった。タクシーに便乗させてもらって、らくちんにたどりつく。ありがたいこと。
おたがいにお大事にー、といってわかれる。

このご夫婦は、島から船にのって、電車をのりついで、片道二時間くらいかけて病院にくるのだそうな。
遠い遠いと言っていたじぶんが、ちょっとはずかしいなあ。

午後から職場に顔を出し、夕方にはごはん会へ。
さわやかな初夏イタリアごはん。
サービスはきさくで、ごはんもワインもおいしく堪能し、しっかりよっぱらったわたしは、ヅラをはずしてごはん友と記念撮影。そのうち生えてくるのだから、いまのうちに!

はしゃいでいて、お店のかたにはご迷惑をおかけしました。
反省・・・←しかしなかなか次に生かされない。

精神保健福祉士の登録証がとどいていたので、郵便局にとりにいき、そのままハシゴ。さらにのんでしまい、ぺろんぺろんになる。

登録証をお店に忘れてかえった。
かわりにバナナをもってかえってた。なんでだろう。

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つゆかしら

朝おきたら、筋肉痛になっていた。きのう、ちょっとうろうろしたり自転車をこいだりしたせいか。
あまりにも、運動不足すぎる。
おなかも、ぽよぽよしてきているもの。(もともとも・・・)

きょうは、午後から職場に顔を出す。
あしたの筋肉痛はいかに。

手術のことについて、職場で「一日で退院してくる予定なんだー」というと、たいがい「いいいっ?」という反応がかえってくる。

そういう反応がふつうなのだろうな。乳腺ぜんぶとっちゃうわけだし。
じぶんでもどんなふうになるのか、見当がつかない。
でも、なるべくはやく退院したいのが人情というものさ。
(家事・育児・介護などで、家にいても休息にならないかたもおられるでしょうから、そのへんは個人差がおおきいでしょうけれど。)

夕方からはお茶のお稽古。
あいかわらず、基本からだめだめである。
きょうのお菓子は、カステラっぽい部分とようかんっぽい部分のくみあわさったもの。
三層のあわいみどりのグラデーションがうつくしい。ゆず風味だった。

わきあいあいと、場がなごんでいる。
緊張感をへなへなとなくすような言動ばかりですみません。

一日、梅雨っぽいしとしと雨降り。

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いせいよく

きょうは朝から、よく晴れた。
ふと、5時ごろにめがさめたので、郵便物をだすついでに、近所をてくてく散歩する。
朝の空気はきもちがいい。いま帰りかなーという人々と、すれちがう。おつかれさま。

しかし、早起きだったために、午前中には二度寝をしてしまった。意味がないー。

午後から、病院と電話でやりとりし、手術の希望の意向をつたえる。だいたいの希望の日付を伝えるだけ伝え、午後からすこしだけ職場に顔をだす。

患者さんのエロエロモードが炸裂していたりするが、このかたの場合は、体調のよさのバロメータでもある。
さわらせろとかさわってくれとか。いそがしいことである。
2・3年前にくらべたら、肥えてきれいになったのう、なんていわれる。なんだその理由はー。
おまけに、このかたはそれをみんなに言うんである。律儀といえば律儀だ。見習いたい。

職場は、小さな変化はあるけれど、劇的な変わりようはかんじられなかった。ただ、週末はいそがしくなる予感、らしい。

帰宅後、また病院とでんわでやりとりし、手術の予定がいちおうきまる。その後の通院の予定日も。段取りじょうずな病院。

奇しくも、手術は本来やるはずだった日にちとおなじ、7月4日。
ぽんちな独立記念日だ。

それまでは、化学療法もなくて体調もいいことだし、ふつうにふらふらすごせそう。みなさん、よろしくおつきあいください。

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おびまくら

ちかごろ、ちょっと燃えているのか、深夜にしらべものなどをすることが多い。
じぶんでも、そんなことてきとうに切り上げて、ねてしまいなよー、とおもう。でもはじめると、とまらないんだな!

そもそも、燃え始めるのがおそいのよキミは。
そして、いまの主治医が、日本乳がん学会の理事長になっていたことを知る。
えらいとはちらりときいたことがあったけれど(誰からだろう?)、まあ、いつのまに・・・。

このドクターは、ぜんぜん偉ぶらないから、そのへんはとってもかんじがいいのです。
手術の時も、責任をもってかかわるから、と言われていたのに。これもあって、手術自体の凍結や、ほかのドクターについてのふまんを、ながいこと言い出しにくかったのだ。いそがしそうなのもあったけど。

おかげで、朝寝坊。
お昼から、もそもそとごはんをたべて、うちでの用事をし、半襟をつけたり、図書館に予約本をかりにいったり、そのまま着付けのお稽古にいったり。

お稽古で、ロボットのような帯枕をはじめてつかう。超合金にでもなったきもち。

いままでは、自己流でがちゃがちゃやっていたことを、一から習うのは、たのしい。けれど、むつかしい。へんな癖がついているからね。
でもこれ、あーれー、なときにごとん!とおちてきたら、興ざめなのでは。そんな予定もないんですけれどね!(やけくそ)

ときどき、ぴりぴりと、患部がいたむ。激痛ではまるでなく、電気がぴり、とかるく走るかんじで。
なんなのかしら。ヤクが反応しているとでもいうのか。寝違えか。のろいか。単なる気のせいか。そうかもしれない。
ひざの関節も、かくかくする。これも、気のせいかも。

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とうがらし

よく晴れた月曜日。暑くもなく、寒くもなく。かぜもさわやか。

きょうはゾラデックス。月一のおなかにずばり、の注射の日である。それに加えて、手術予定の凍結を伝える予定。

腫瘍科ではなく、外科の人だし、ほかでの手術を考えている、とつたえるとあきれられるかも、と直前まで考える。考えたってどうせ言っちまうんですがねー。
まだ、どうするかはわからないけれど、入院予定日ぎりぎりになって言い出すよりはよかろう。ふたたび気が変わったらまたそれをつたえたらいいし。

これこれこういうとこに相談受診してきたんです、と先週のあらましを伝える。
あいまによそにも相談に行きたい旨は、つたえてあったけれど、情報提供書がまにあわなかったので、行く先については具体的に話していなかったのだった。

そしたら、いまの主治医は、大阪のドクターのことを知っていた。そりゃそうか。おんなじ業界だものね。

うではいいけど、過激派だよー、といわれる。
やはり、スタンダードではないらしい。そちらの術式で起こりうるリスクについて説明され、たちまちの手術の凍結も、気がかわった時の再予約も、連携についても、わりとスムースに話がすすむ。

術前のMRIの検査については、わたし自身が化学療法の成果がどれくらいあったのか知りたいので、このまま予約をキャンセルせずにここで撮りたい、と希望すると、それもすんなり通る。

前回、みっちり話をしたことも(内容はおもに手術のことだったので、それなのに凍結はもうしわけないけれど)、よかったのかもしれない。
ひょうしぬけするくらい。ドクターも、本心はよくわからないけど、終始にこやかだった。(でも「ちょっとよく考えてみてねー」とはいわれた)

そして、ゾラデックスの針をさすとき、いつもより時間がかかった。指す場所をさがすのかなんなのか、おなかを何回かうろうろつままれる。いつもは、ルパンⅢ世にでてくる石川ごえもんの剣のように、一瞬でずばり、なのに。

電車でかえってきて、ついでに駅周辺で、去年申し込んで、病気が見つかり撤回してしまった、習い事の講座の資料をもらってくる。
また、10月から教育訓練給付金の制度が変わるので、いまの自分の状態についてたしかめに、職安にもいってみた。
(上限額がかわるので、9月までが狙い目みたいですよ。)

また、お昼ごはんには、ちょーーーーーひさしぶりに、華光軒にいってみた。きもちわるいときにはよれなかったし、病院帰りでも調子いい日は、たいがいお店の休みとかちあってて、なかなかいけないでいたのだった。(あいかわらず不定休なヤツ・・・)
すごくひさしぶりだったのに、おぼえてもらってて、ちょっとなごむ。ご主人も奥様も、おかわりないふうで、ほっとする。

めだまやきののった五目焼きそば、とこころをきめて入ったのに、つい口からでた言葉はビールとぎょうざ。
条件反射か。ああ、すみません・・・
そしてひさしぶりにじゃじゃ麺(辛さ3)を食べる。

赤い。
鼻水が滝のようだ。
はやく鼻毛生えてくれないかな。

結果としては、きょうのメインイベントは、病院ではなくて華光軒になってしまった。

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おゆかげん

きのうは、調子がうわむいてくれたこともあり、昼間に銭湯へ。
一ヶ月ぶりくらいだろうか。足がのばせるお湯。
声の響き方も、しっとりとしていて、気持ちがよい。

ヅラをつるっとはずして、手ぬぐいを巻き、湯船にながいことつかる。
いろいろな体型の人がいて、それぞれのからだが、ナチュラルな魅力がある、とおもう。
モデルっぽい体型、とかそんなことではぜんぜんないけれど。みんなかたちがちがう。

ぼんやり人々の体をながめながら、これから切ることについて考えてみたり、だんだんのぼせてきてそういうことがどうでもよくなってきたり。(根をつめてものをかんがえることができんのです)

お化粧もぜんぶおちるので、お風呂では海坊主みたいなもんである。たこ坊主?
まゆげ・まつげがないと、われながらわらえる顔だ。(ぬめっとしている。韓国料理屋さんの生きたたこ状態。)
ここらへんは、毛根復活の日がたのしみ。
足やワキなんかは、このまま毛根が抹殺されちゃってもよいのだが。まあそんなに都合よくはいくまい。譲歩してやろう。

ほかほかの湯上りで、扇風機の風をざかざか浴びて、適当に整容する。湯上りのヅラはあつい。
毛皮みたいなもんだし。フェイクファーだけどね。

さっぱりした風をうけながら、そのまま夜のまちへおでかけする。
ビールが!日本酒が!わたしの化学療法終了を祝ってくれるっちゅうもんである。
胃腸も復活。(今週も)乾杯も復活。わーいわーい。

ごはんが食べられて、ふつうにお風呂にはいることができて、散歩して、汗かいて、ぐっすり眠って、そういうあたりまえのことがあたりまえにできることは、つくづく幸せだとおもう。
お風呂上り気分も手伝い、ハイになって、なにをたべてもなにをのんでも満ちたりたきもちでいっぱいの夜だったのでした。

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しらべもの

きょうは資源ごみの日。雨がふらなくてよかった。
指定ごみだし場まで、ちょっとあるくので、雨がふると致命的なのだ。
今回は、ダンボールなどがおおくて、えっちらおっちら往復する。

かつてのように、酒瓶ごろごろで往復するときみたいな、ややはずかし感はないけれどね~。(←いまさら・・・。しかしさすがに酒量はへりました。そのぶん食べてますけど。)

ふたたび、大阪のクリニックに質問メールをしていたのだが、朝にはその返事がとどいている。出前迅速。

もしそこで手術をするとして、その後いまのかかりつけのとこで連携ができるかどうか、気になったので、相談していたのだった。
起こってないことを考えるのもあほーなんだけど、再発とか肺・肝・骨に転移したときのこともいちおう想定しておこうかなーと。そんなときには、地元のほうがべんりそうでしょう。

毎月の注射のこともあるしー。
新幹線で大阪に通うのと、いまの通院先に電車で通うのは、片道40分くらいしかかわらないのだけど。大阪駅のあのひとごみで、まいごになることうけあいだからー。(岡山駅でもいまだにあやしいくらいだ。)
あの、いつのまにかJRで、グランヴィアで、東梅田で梅田で西梅田で、というシステムがいまだにさっぱりわからん。

だめならだめで、近所の病院に転院するチャンスだし、とかなんとか自己都合なこともばっちりかんがえていました。

メールをよんだあと、お返事はまたあとで書くことにして、しばらくネットでいろいろなサイトを渉猟してみる。
大阪のクリニックで、あるいはおなじドクターの東京のクリニックで手術した人のサイトが、ぽつぽつあるのだった。

それぞれ参考になるのだけれど、それよりも人々の文才にほれぼれする。

もちろん、混乱している時期や病院をいろいろまわる時期などの記述を読むと、ああみなさん同じよーな経過があるのだなーとほっとするけれど、そういうこと以上に、なんというか、「読ませる」文体なものがおおいのだった。
たぶん、じぶんが罹患してるということも無関係ではないでしょうが、それだけじゃないかんじ。かかってない人も、読んでておもしろかろうなあ、というような。

なめてるわけじゃあないけど、これはこれーってかんじで、むきあってるっていうんですか?
ふつうに飲み会だったりライブだったりと、日々を楽しまれている記述も多い。

いい時代ですねえ。
でも、ネットにつなげてもらった(ひとまかせ)当時は、しらべものとかにまったくつかっていなかった。しらべかたもよくわからんかったし。
(おかげでいまごろばたばたしてるんすよ。とほほい)
化学療法がおわった安心感もあるのでしょう、と自分をあまやかすことにする。

手術はほかですることにきめて、転院を主治医に伝えるために、自宅でお父さんときりだす練習をした、という記述をみつける。
あー、やっぱりプレッシャーかかるもんなんだよねえ。さすがに、ねこあいてに練習をするわけにもいきませんが。←あやしさ満点の人である。

あと、東大病院はタリーズらしい。へええ。

ところで、社会保険事務所、最近こみあっているみたいですね。
高額療養費の申請をしたいのだけど(またうっかりしばらくためてしまった)、こんでるのは、めんどくさい。
今回はあきらめて郵送したほうがいいのか・・・(書類はもらってきているのだけど、郵送は郵送でめんどうだ、とほうっておいたのだった)

ああ、どこまでもめんどうくさがりや。たんに、じぶんでコピーをとるのがめんどくさいというだけなんですけどねえ。
せっかくいい制度があるのに、当の利用者がこんなことでは、意味がないんである。

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ふだんのひ

ここのところのプチ行脚でくたびれていたのか、化学療法のなごりのせいか、たんになまけものなためか、ぐうぐうと日中ねむってしまう。
起きて、ごみを出して、朝ごはんを食べて、ねむってまた起きてお昼をたべて、またねむって・・・(エンドレス)。ああ、よく寝た。

夕方から、お茶のお稽古に行く。
うちをでるときに、ねこに「いってくるわー」と声をかけて、ふとこれがきょうの第一声だったことにちいさく驚く。
これって、社会的に終わっているかも。

ここのところ、病院関係(対決関係?)に執着していたので、きもちがかたくこわばっていたような。
お茶の時間に、それらをちょっとわすれていられるのは、うれしいことだ。

それでも、順番がまわってくるまで、ふと考えがあらぬところにいってしまう。いかんいかん。
じぶんの順番のときには、よそごとを考えていられる余裕はないので(じたばたと)、そのへんはありがたいですが。
そして、あいかわらずへまばかり、カンニングばかり。(まわりの人に小声でずっと教えてもらうのです。うう・・・)

きのうの大阪のドクターに、昨夜お礼と質問メールをしていたのだが、その返事が返ってきていた。
そこには、

ステージ4なら根治は不可能なのですから
ますます取りすぎる必要はありません
それよりも術後のQOL生活の質を考えて
きれいに治すべきでしょう

と書かれていた。な、なるほど・・・。
ああ、世の中にはいろんな考えかたがある。

考えてみれば、病気がわかるまえもわかってからも、たいした生活の質ではないかもしれんなあ。そっちのほうが問題かも。
日常をたいせつにしたいものですね。と、もっともらしくまとめてみる。

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ふりだしか

さて、きょうも受診。連日だ。
きょうは、大阪の診療所に、相談にいく。すこしまえに予約を取っていたのだけど、ふだんのところで手術の日程も決まったし、意見をきいて、将来の再建についての相談に行こうかとおもっていたのだった。

駅から、てくてくとあるく。
そのあいだ、いったいじぶんはなにをしているんだろうなあ、なにがしたいんかなあ、と自問自答。
しょせんはそんなに見立てがかわらないであろうことを予想し、適当に話がきりあがったら、あとはお買物でもしてかえろうっと、とこころにきめる。

ところが、これがまた、ぜんぜんちがったんだな。
温存の適応でないことは、かわりがないのだけど。ていうか、いまさら温存ともおもってなかったのだけど。

乳頭や皮膚をのこし、リンパ節の郭清も術中のセンチネルリンパ生検の結果によって必要最低限にしてはどうか、そしてやはり断端陽性であればあらためて再び手術をしてはどうか、という提案がされる。

化学療法もしてきたし、もしがん細胞が死んでいたとしたら(それは手術をして組織を検査しないとわからないらしい)、全部いっぺんにとってしまったら悔やまれるでしょう、とのことだった。しかし、そんなに死んでくれるもんなんか?

検査結果のたび、そのつど二回も三回も手術をする、それもたいへんな気がする。いっぺんにしちゃいたい、という気持ちもある。
でも、もしほんとうになかったら。そりゃ、そんなうまくころがるはなしばっかりじゃないだろう。けれど、もし・・・とおもいながらぜんぶばっさりいっぺんに切ったら、それはそれでもんもんとしてしまうかもしれない。
きずの大きさも、病院によってずいぶんちがうし。

いつもの病院でも、もちろん術中のセンチネルリンパ生検はできるのだけれど、そもそも、すでにリンパに転移しているから、その適応ではない、といわれていたのだった。

将来の不安を考えたら、リスクはなるべく減らしておきたい、というあたりで気持ちがきまりつつあったのに。
ここにきて、またいちから考え直さないといかん。まいったね。
おまけに、それ以外の治療のことを考えると(注射とか)、岡山の病院と連携できるのかどうか。(そんなくみあわせかたは、主治医は外科なだけに、よろこばないだろうしなあ。)
さらに、いつも打っているおなか注射、病院によっては麻酔してから打っているらしいことも知る。そうか、痛いはずだよ。まあそれはいいけれどね。麻酔を余分に打つのも痛そうだし。

じぶんできめられることは、ありがたいことなのだけれど。
はあもう、なにがなにやら。いい勉強になりますわー。

とりあえず、なにかを考えないといけないけど、あたまが飽和してきているので、あきらめてしおしおとうちにかえる。
ついでに採血があったけど、おとついのきょうということで、やや貧血だった。ほわほわするはずだ。

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いそがない

きょうも午後から病院。えっちらおっちら電車ででかけていく。すずしくて、よかった。

3時からの予約だけれど、当然そんな時間によばれることもなかろう、とおもってのんびりと本を読みながらまっている。
すると、4時をすぎたあたりで主治医が出てきて、きゅうに入院が決まった人と、東京から受診にきている人がいるから、そちらを先に診てもいいか、とひと声かけられる。

あいかわらずいそがしそうだ。
もともと、待つことを覚悟してきているし、そういわれることで、あとどれくらいかなーとまわりをうかがうこともないから、まあいいか、とおもう。
きゅうに入院が決まった人なんかは、こころぼそかろうなあ・・・。

4時半くらいから、5時半まで、だいたい1時間くらい、手術についてやいまの自分の状況、この病院での手術後のようす(写真をいろいろみせてもらう)などを相談し、説明を受ける。

切る切らない、なにを残す残さない(お乳のほかの部分とか、乳頭とか)、ということについては、結局はじぶんの希望なのだそうだ。いい時代ですね。

でも、過去の事例や、じぶんのステージのことをかんがえると、残すとか残さないとか、そういうレベルのはなしじゃないんだなーと、しんみり。

傷がめだたないように(たとえば正面からばっさり、じゃなく、横とかわきとかのほうから切れるか、とか)できるか聞いてみたけど、そういう話でないことが徐々に判明。
(ちなみに、そういうわきから切るケースでは、ぺろーりと皮膚をひっぱってうちがわから乳腺をちょっとずつはいでいくのだそうだ。すごい技術!)

ちょっと、なめていたかもしれんなあ。ときどきはかんがえたけど、最近はすっかりそれどころではなかった。

「この人はでたり入ったりしながら、八年くらいは生きられたけどね・・・」とか。
それが現実なんだなあと。
術後に化学療法を再開するかどうかも、手術の結果(病理の結果?)をみてからかんがえるようす。そうかー。

まあでも、写真をみられてよかったし(いろいろなケースがネットや書籍などでは散見できるけれど、この病院でのようすが知りたかったので)とりあえず疑問なことはいろいろ聞けて気がすんだ。たりないところはまた聞こう。

予後がよかろうがわるかろうが、そんなものはいまわかるわけでもないし。
いまのわたしのすることがとくにかわったわけでもないし、とりあえずすること(入院と手術)はきまっているし、あいかわらずこれからもちんたら生きる気まんまんなこともかわりないし、それよりもこのだらだらした吐き気はどうにかならんかのう、という点もやはり先週とかわりがないし。こんなもんかとおもいながら、また日々をすごすのでしょうなあ。

最近は病院ネタばかりですね。もうちょっとカラフルに生活したいものですな。

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さいごのひ

病院から帰宅後、パソコンの置いてあるへやまでたどりつけず。

パソコンのあるへや、といってもベッドのすぐむこうなので、なんでそこまでたどりつけなかったのか不明。ぐんにゃりしていました。

この日は、いろいろおもうところは文書のほうがらくでいいなあ、とお手紙&質問状をA4の用紙三枚にびっしり書いて、病院にむかいました。レポートみたい。
それも、レポートらしく、いつもぎりぎり。まえの日の夜ごはんのあとから書き始めて。

あらためて一般的なデータ(一般向け・医師向け)をみながら、ちょっとげんなりしたり。
あんまりあかるい経過がかいていないからねえ。5年生存率とか、10年生存率とか?
そういうのを、夜に見るのは精神衛生的によくないなあ(ひるまの明るいなかなら、またちがったうけとめかたをしそうだから)とおもいつつ、ぎりぎりにしてしまったじぶんを、いつものごとく呪うきもちでいっぱい。
8月31日のきもち。

つくづく、早く見つかることってだいじなんだな、とおもった。ようするに、転移があるとないとでは、予後がぜんぜんちがうみたいですね。
でも、だらだら治療しながら、老人までちんたら生きる気まんまんだけどね~♪とかおもいながら、プリンタの初しごと。

最近のプリンタの、それも比較的廉価なやつなのに、なんとまあ出力のはやいこと。たまげる。

病院ではいつものとおり。点滴のじかん、こうばしくがっちり眠る気まんまんだったので、コンタクトもいれず、めがねでいく。
めがねも、まえの日に買っていたのだった。
めがねをかったのは、10年ぶりくらいではなかろうか。
まゆげなくてもこれならいいかなーとかおもって。(理由が、女子としては終わっているかも・・・)

火曜日の病院(手術説明の時間をふだんの診察とはべつにとっていた)で、質問についてはこたえてもらうのだ。
かえってから、あーあれも書いとけばよかった、とかおもいながら、ぐうぐうねむったのでした。
とりあえずは、祝・化学療法終了。

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みずべにて

070603_073022 070603_084409 日の出がはやくなりました。
きょうははやくにすっきりと目が覚めたので、京橋朝市へでむく。

今回も、カヌー体験教室が出店しているのだった。
前回は、雨天決行で利用者もすくなくてたいへんだったときいたけれど、今回はブースをみつけたとたん、そのなかなかの盛況ぶりに安心する。
なんでも、テレビの取材も、きたらしい。ほう。
(VOICE21で放送されるそうです。)

保険の料金をワンコインでお支払いして、しばらくちゃぷちゃぷとカヌーをこいでみる。
川上にくらべたら、もっとおだやかなながれだとおもっていたが、意外にながれのはやいところ、力のいるところがある。
だれかの飼犬なのだろう、ちかくをずんずんとくろいラブラドールもおよいでいく。はやい。なんとタフなやつ。

ふたりのりのカヌーを楽しむ人びと、さくさくと漕いでいくこどもたち、などなど。
川と人々をながめながら、ぼんやりとすごす。
とちゅうで、中華粥のあさごはん。(レタス・揚げワンタン皮・くこの実いり)
水辺はいい。
きもちがゆっくりするし、ながれるものは自然にながれる、という気分になれるし、なにかにじぶんがつながっている感触がえられる。

風がどんどんつよくなって、とばされるテントもでてくる。

準備をしたり、カヌーのお世話をしてくれた人々はたいへんだったとおもうけれど(感謝)、それぞれの人が、たのしんでやっていたかんじ。みなさん、顔がつやつやしている。

全体に、人の出もおおく、にぎやかな市だった。
いつものたまごは売り切れていたために買えなかったけれど、日にやけて、ほのくたびれて、きもちよくうちにかえったのでした。

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きりはれる

朝、めざめてみると、きのうまでの吐き気はきれいさっぱり去っていた。
やはり、日にち薬だったのだ。なにかにあたっていたわけではなかったようだ。ちょっとそれが心配だったのだけど。

たったそれだけのことなのに、精神状態がずいぶんちがうのが、はっきりとわかる。
なんというか、はれやか、というかんじだ。ブラボー。

つわりにくるしんでおられる妊婦さんなんかは、その状態で連日すごされているわけですね。
それも、いついつまでにおわる、とはっきりしない状態で。
あたまがさがる。心底。大事業だ。

近所を自転車でくるりと散歩し、そこをついていた食料を調達し、たべたいものをたべたいだけつくる。
筑前煮と肉じゃがをたき(こんだて的にかぶっていても、どちらもたべたかった)、なすとピーマンをいため、鮎をやき、あさりの酒蒸しとそのおだしのおつゆ、山陰のまぐろのたたきをたす。まぐろのシーズンがきた。

居酒屋ふうのものがたべたかったのでしょうなあ、とじぶんに自覚をうながし、日本酒でそれらをぺろりとたいらげ、最後にごはんもしっかりと。
ごはんがたべられるのはしあわせなことだ。
かみしめる。文字どおり。

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そーねちか

きょうは終日ゆるゆると吐き気とまらず。
なんかー、これってー、副作用とかじゃなくてなにかにあったったんじゃないのお?といぶかしみたくなるくらい。
そんなときもあるかねえ。

薬もきいてきて、ややおちついたすきに、夕方、ルネスホールのジャズのライブに行ってくる。
ざかざかっと大あわてでゆかたをきて。新しい帯結びをためしてみたかったので。
いま、ちょうどいい季節ですよね。

なかなかゆかいなライブでした。
きもちよく。
ひさしぶりな人々とも会え、それぞれのせつなかったりやんちゃだったりする近況をちら聞きし、その時間が終わるのをおしみながらも、体の声に正直にしたがって、終了後まっすぐうちにかえってくる。
きのうよりもさらにまるいような気のする、おだやかな輪郭の月が雲の隙間からみえる。

梨木香歩「エンジェル エンジェル エンジェル」
リュドミラ・ウリツカヤ「ソーネチカ」
を読む。

ていねいな暮らしぶり、豊かな精神世界など、共通項あり。
あああー、そんな生き方はわたしにはとうていできん!とあたまを抱えたくなる。どちらも、主人公は、なにごともひとのせいにしない。その生き方は美しいとおもうのだが。
どちらも、ふしぎな印象の残り方をする本でした。
とくに、ソーネチカ。ほかの人の感想がききたい思いでいっぱい。なぞな話だ。

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